「神待ち」の実態

「神待ち」は少女だけのものではない

「神待ち」は少女だけのものではない

「神待ち」という言葉は、現在ではやや聞き慣れた響きを持ってきているのではないかと思います。

「神待ち」は、登場した当初こそは「神待ち少女」というひとつながりの言葉として使われることが多かったように記憶していますが、「神待ち」と「神待ち少女」という言葉の間には、実は、時間の経過とともに、少しずつズレが生じてきています。

「神待ち」、そして、「神待ち少女」という言葉が、社会問題でもある「家出少女」というものとセットになって誕生し、流通していくことになった、という歴史背景を持っているのは、もちろん事実です。

ですから、現在でも、「神待ち」という言葉から、「家出をした女子中高生」や、「十代の少女」というイメージをおのずと喚起する人の方が多いのではないでしょうか。

しかし、「神待ち」の「実態」という話になってくると、もはや、その「十代の少女」というイメージだけで「神待ち」というものを限定することはできなくなりました。

夜回り先生が夜な夜な語りかけていくような存在としての、路上の「神待ちの少女たち」も、もちろん一定数は存在しますが、正直なところ、「神待ち」の状況は、少しばかり違ったものになってきているというのが現状です。

「神待ち」というのは、いまや「十代の少女」だけがその対象となる言葉ではありません。

「神待ち少女」という時代性の色濃い社会的な存在と、「神待ち」をとりまくリアルな状況は、きっちりと切り離して考えていく必要があるかもしれません。

「神待ち少女」は「神待ち」の危険な落とし穴

「神待ち少女」といわれる「女子中高生」たちに手を出し、宿泊させたり、肉体関係を持つということは、法に触れることでもあり、相手の言い分次第で言い逃れができないことのほうが多く、逮捕される可能性が高いという危険を伴うものです。

ですから、現在の「神待ち」のシーンにおいて、「女子中高生」という少女たちは、むしろ、「神待ち」の女性との交渉を狙う男性にとっては、できれば避けなければならない対象の一つとして扱われてもいます。

「神待ち少女」は「神待ち」の危険な落とし穴

もちろん、法に触れてでも十代の女の子の若い肉体を味わいたい、というタイプも依然として存在していますし、それらの男性は決していなくなるということもありません。

しかし、多くの男性は、十代の女の子と肉体関係を持つことによって逮捕されるかもしれない、というようなリスクを負いたくはないものですし、人生を台無しにすることはなるべく避けていきたい、というまともな心情があるはずです。

「神待ち」の女性とコンタクトをとるにあたって、まず最初に行わなければならないのは、相手の「年齢確認」です。

相手が18歳以下の「女子中高生」であった場合、十代の肉体という魅力にあらがって、すぐに身を引く決断をしたほうがよいでしょう。

身分証の提示などをしてもらって年齢確認をしたとしても、それらの身分証が偽物で、年齢を詐称しているということも往々にしてよくありますから、充分な注意が必要です。

「神待ち」の女性を狙うにあたって、法に触れる可能性がある「神待ち少女」との接触を回避するためには、身分証明以外にも、何種類かの年齢確認の方法を持っておくに越したことはありません。

たとえば、馬鹿らしいかもしれませんが、身分証明で年齢確認をしたあと「干支」を答えてもらう、というような方法が考えられます。

これはもちろん、万全の対策とはいえないのですが、18歳以下の干支を完全に把握しておくことによって、質問に即答できなかったり、間違った干支を答えたり、嘘の干支を答えた場合などに、接触を回避するというわけですね。

身分証明などで18歳以上であると思いこんで「少女」を家に泊め、手を出し、のちに、Lineのやりとりのログなどを証拠にされ、淫行と判断されて逮捕、などという例は、枚挙に暇がないほど報告されています。

「神待ち」の領域で「少女」と呼ばれるタイプの「女子中高生」たちは、当然、警視庁などがピントの外れた認識とともに書くような「児童」などといった言葉でとらえられるような純粋な存在ばかりではありません。

「少女」のなかには、自分が「少女」であることの「価値」を理解し、自分の行動によって相手の男性が法に抵触する、ということを知った上で、その「価値」を最大限に利用しながら、「神」希望の男性と関わって援助を手に入れようとする、という、極めてしたたかな「少女」もいます。

家庭の問題などで家がなく切羽詰まっている少女、というのは、そういったしたたかな少女たちとはいささか趣を別にしますが、切羽詰まっている少女たちでさえも、一夜を凌ぐために年齢詐称くらいの嘘はつくものです。

「神待ち」の女性と関わるにあたって、「神待ち少女」と呼ばれる存在には手を出さないのが鉄則、というと、何だか矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、「神待ち少女」と呼ばれる少女たちが、自分の人生を破滅させる可能性を持っている危険な相手であると自分にしっかり言い聞かせることは非常に重要なことです。

少女を諦めてからが「神待ち」

少女を諦めてからが「神待ち」

「神待ち」に関するサイトなどでは、家出少女としての十代の「神待ち少女」の存在や、それらの「神待ち少女」たちと出会えるアプリなどを紹介していますが、言葉として定着する前の、黎明期の「神待ち」の時代であればさておき、現在では、それらの少女たちはちょっとした「客寄せパンダ」のような意味しか持っていないかもしれません。

しかし、それが「客寄せパンダ」として機能する対象というのも、「神待ち少女」との接触や交流が法に触れるということを知らない、あるいは、「バレなければ、あわよくば」という脇の甘い態度で「神待ち少女」と出会って十代の肉体と性行為をしてしまおうと考えているような、どちらにせよ、「思慮が浅い」としか言いようがないタイプだけになるのではないかと思います。

「神待ち」のサイトなどにいる「神待ち少女」というのは、それらの「思慮の浅いタイプ」を騙そうとする「ヤレそうな少女」を巧妙に装った悪徳業者などである場合が非常に多いということも、「神待ち」の女性を狙い、サイトなどを利用する上で、まず念頭に置いておいたほうがよい「実態」のうちの一つでしょう。

それが悪徳業者などの偽られた少女ではなかったとして、何かの間違いで本物の「神待ち少女」とのコンタクトに成功し、宿泊させたところで、前述したように、それは「逮捕」と背中合わせの、非常に危険な選択であるわけです。

結局のところ、「神待ち」に関して、もし「実態」のようなものを書くとすれば、それはおそらく、「神待ち少女」に関する「実態」ではなく、「成熟した神待ちの女性」たちの「実態」について書く、ということになるのかもしれません。

社会現象としての「神待ち」や「神待ち少女」というモデルは、すでに形骸化しているといってよいでしょう。

それらのモデルはすでに崩壊しているか、警察によって厳しく取り締まられているとあらかじめ把握した上で、それらの形骸化したモデルを背景にして改めて構築された「成熟した女性との援助交際」としての「神待ち」だけが残っている、という見通しを持つことだけが有効な態度かもしれません。

冷静になって考えれば自ずとわかることではないかと思いますが、「若い女の子とただでセックスできる」などという「おいしい話」には必ず裏があるわけだし、もし裏がなかったとしても、本当の「おいしい話」は、そう簡単に出会えるものではありません。

それを理解した上で、法に触れてしまう「少女」ではなく、「そこそこの若い肉体」を持っている成年の女性に、宿泊場所や、食料、金銭の援助をさせていただくことによって、「性行為」というオマケがついてくるというのが「神待ち」というものの「実態」、という前提で、「神待ち」の女性を狙うのであれば、「多少のおいしい体験」はできるかもしれません。

なんだか夢のない話に聞こえるかもしれませんが、「神待ち」の「実態」とは、おそらく、このようなものなのです。

しかし、金銭を介在させて困っている女性を支援することで「多少のおいしい体験」はできるのですから、「少女」という季節をすでに終えた「神待ち」の女性たちの特徴や、それらの女性と関わるコツなどをおさえておくことは決して無駄ではないかもしれません。

ここから先は、危険な「神待ち少女」ではなく、「神待ち」の掲示板などを利用する女性たちをメインに話をすすめていきます。

家を失ってからの男女差

男女問わず、みながみな安定した住居を持っているというわけではありません。

男性であれば、支援してくれる係累や知人などがいない場合、住居や財産を失うということは、路上生活者としての暮らしをスタートさせることに直結しているといってもよいでしょう。

しかし、女性、特に年齢が若い女性にとっては、過酷な野宿が中心となる路上生活にいきなり突入するというのは非常に難しいことですし、やはり、そこには大きな危険が伴います。

家を失ってからの男女差

固定した住居を持たない女性は、インターネットカフェや、24時間営業のファーストフード店、ファミリーレストランなどで夜を凌ぐことが多く、それらの住所不定者は「ネカフェ難民」や「マクド難民」といった言葉で呼ばれることになります。

もちろん、男性でも「ネカフェ難民」や「マクド難民」になることは可能ですし、それらの男性難民が一定数存在するのは確かですが、男性の場合は、家を失ったあとに手元に残っている金銭が尽きると同時に、「ネカフェ難民」や「マクド難民」といった状態を保つことすらできなくなるというのが現状でしょう。

支援してくれる係累や知人が存在しない場合、男性の場合は、ほとんど絶望的な、選択肢のない状況に陥ることになります。

一方、女性の場合は、インターネットなどを巧みに駆使し、みずからの「性」と「肉体」を対価にすることによって、ライフラインを確保するために必要な宿泊場所、金銭、食料などを、見ず知らずの男性から手に入れる、という、いささか末期的な、追い詰められた先の選択肢が残されています。

このとき、「神」希望の余裕がある男性と、「神待ち」の追い詰められた女性が出会う交差点が誕生するというわけです。

「神待ち」の女性には余裕がない

「神待ち」の女性には余裕がない

女性であれば、係累や知人ではない「支援してくれる存在」との関係を無理やりにでも作り出すことが可能、というわけです。

家を失った女性に、宿泊場所や食料を提供し、支援する男性というのは、「女性の弱みを利用して性を食い物にしている存在」であるともいえるのですが、家を失うなどして、これからの展望がまるで見えない女性にとっては、そのような倫理的な問題にこだわっている余裕などはまったくありません。

溺れる者は藁をも掴むの言葉どおり、家を失った女性にとって、一夜の宿を提供してくれる男性というのは、救いの手を差し伸べてくれる、まさに「神」のような存在であることは、間違いないわけです。

特に冬などは、命がけで夜を越さなければならないので、より「即アポ」の確率が高まるといってよいでしょう。

「神」といってもそこに宗教的で荘厳な意味などは一切なく、「泊めてくれる男って、マジ神」と、その程度の意味を込めての「神」にはなりますが、支援者を指す「神」、そして、援助を求めて待機する女性を指す「神待ち」という言葉は、このような都市の難民女性の、のっぴきならない限界状況によって、いまだに継続しているといっていいでしょう。

もちろん、見ず知らずの男性の家に宿泊することになるのですから、そこには野宿とは別種の大きなリスクが発生することにもなりますし、事件や問題なども起こっているのですが、家をもたない女性にとっては、そのようなリスクがあまり考慮されることはありません。

もちろん、そのようなリスクをまったく考えない女性がいないというわけではありませんから、女性が「この男性の家なら泊まっても大丈夫そうだ」という安心感をいかに与えるか、ということが、神待ち女性との交渉を成功させる大きなコツの一つでもあります。

経済的に切羽詰まった女性を、プロフィールなどから見抜く眼をしっかり持っていれば、法に触れる「少女」ではない、成熟した女性の「神待ち」という存在は、神待ち掲示板だけでなく、出会い系やテレクラなどの場でも数多く発見することができることでしょう。

どのような家の失い方か

どのような家の失い方か

「神待ち」から「少女」という対象を除外し、「帰る家がなく、支援を必要とする、成熟した女性」に限定するならば、「神待ち」の掲示板などに集まる女性は、一体どのような傾向を持つでしょうか。

それが、本来の意味を持つ「神待ち少女」であるならば、「家出少女」という答えでほとんどが済むところなのですが、18歳以上というのは、「家出」でも何でもなく、「一人暮らし」という言葉で実家を出ることができる年齢です。

とはいえ、18歳以上になっても、実家ぐらしのニートの女性などである場合は、家庭内での不和などが原因で、「遅れてきた家出」とでも言うしかない出来事が発生することもあります。

「少女」という季節を終えたばかりの「家出女性」を狙うとなると、実家を追い出されることになったが、金銭を稼ぐ術を持たないニートや無職の女性などがメインの対象になるのではないかと思います。

暴力を振るう旦那や彼氏がいるために、家に帰ることができない、という「一時的な家出状態」の女性なども「神待ち」になりますから、このような「家出」の女性も「神待ち」では狙い目となります。

これは、「人妻」という存在も「神待ち」になる可能性があるということで、やはり、「神待ち」という言葉が、もはや「神待ち少女」だけのものではなくなった、ということの証明であるともいえるでしょう。

男性と駆け落ちをするようにして家を飛び出し、二人で住む家を借りたはいいものの、恋人の男性が浮気などをして別れることになる女性などもいます。

そうなると、二人で住むための広さを持つ部屋の家賃が払えなくなり、家から追い出され、次の家を借りるお金もない、という状況に追い込まれていくこともあるわけですね。

18歳以上の「神待ち」の女性の中には、このような、パートナーとなる男性に捨てられて家を失ってしまった女性の姿も、ちらほらと見かけることができます。

基本的には、何らかの事情で、「次の家を借りるまで」の放浪を余儀なくされている、という境遇の女性が、「神待ち」の掲示板などを利用する傾向があります。

「風俗嬢」と「神待ち」を兼ねているような「神待ち」の女性もいますね。

一般職を解雇されたあと、しばらく職につけず、家賃が支払えなくなり、ピンクカラーの仕事である風俗嬢としての仕事にはなんとかありつけたものの、当座の給料が入るまでは決まった家に住めない、というような風俗嬢も「神待ち」を利用します。

「素人女性じゃないと絶対にいやだ」という強いこだわりがない男性であれば、このような風俗嬢の「神待ち」の女性は、アポの成功率が高い対象といえるかもしれません。

援助交際的な側面が強くなった「神待ち」

現在は、男性に対して「神」という言葉があまり使われなくなり、「泊め男」という言葉に変化し、それが定着しつつある傾向もあるようです。

「神待ち」の女性も、経年とともに、少しずつその様相を変化させているのでしょう。

切実な状況に身をおいている本来の意味どおりの「神待ち」の女性は依然として存在しているのですが、同時に、「神待ち」の女性を狙って美味しい思いをしようとしている男性が一定数いるという事実を熟知した上で、そういった男性を利用し、カモにするような、したたかな女性も登場することになりました。

黎明期の切実さと違って、「神待ち」というのがひとつのフィールドとして知れ渡り、ジャンルとして定着していくと、そこには、それを成立させる規則の裏をかくような「金稼ぎ」のための隙間が発生することにもなります。

援助交際的な側面が強くなった「神待ち」

もともと「援助交際」の要素が非常に強いのが「神待ち」ですから、「一夜を凌ぐ」ということよりも、その「援助交際」としての側面を前面に押し出している「神待ち」の女性が出てくるのは当然といえば当然なのかもしれません。

おそらく、このような「援助交際」寄りの「神待ち女性」の増加に伴って、「神」という言葉は、その「神」としての重みやありがたみを剥奪され、「泊め男」という、いささか軽薄な、しかし、「神待ち」の女性を支援するという大義名分のもとに、女性を食い物にしてきた男性には相応しく感じられる言葉へと格下げされていったのではないでしょうか。

「神待ち」の大きな魅力は、「宿泊場所」を提供した見返りとして「性行為」をさせてもらう、というところにありましたが、援助交際的な要素が強くなってきている以上、「ただでセックスをさせてもらう」ということは稀であり、「お財布に優しい」というメリットはだいぶ減ってきているかもしれません。

これは、「神待ち」の女性と関わる上での、重要な「実態」として知っておくべきことかもしれません。

「神待ち」についての文章などを読んでいますと、風俗などにいくより安上がりに済ますことができる、というようなメリットが書かれており、もちろん、そのような場合もあるのですが、相手が強気に出てきた場合、風俗で性行為をするのとそれほど変わらないか、それ以上のお金をとられたりすることもある、ということは頭の片隅に入れておくべきでしょう。

男性側のリスクと得られるもの

見知らぬ男性の家に泊まる「神待ち」の女性だけでなく、「神待ち」の女性に宿泊場所を提供する男性側にもリスクがまったくないわけではありません。

むしろ、リスクをおかしながら得られるものはごくわずか、というのが「神待ち」の女性との交流の基本になってくるかもしれません。

男性側のリスクと得られるもの

まずは、「神待ち」の女性による盗みの被害などは多くの報告がなされています。

「神待ち」の女性は、やはり、金銭的な面で追い詰められている女性が多いですし、一夜限りという割り切った後腐れのない関係でもありますから、金目のものを盗むということに対する心理的なハードルがかなり低いといえます。

もう一つは、女性を家に招き入れるということは、何かしらの個人情報を知られてしまう可能性がある、というリスクをおかすことでもあると思います。

個人情報というのは使い方次第で金になるものですし、あまり知られてはいけないような、弱みを握られるようなタイプの個人情報なども当然あるわけです。

性欲が原因で、家に置いてあった預金通帳なりカードや個人情報などを根こそぎ盗まれてしまう可能性がある、ということは、「神待ち」の女性とコンタクトをとるまえに必ず警戒しておかなければならないことの一つです。

それらのリスクを避けるためには、宿泊場所を自宅ではなく、ホテルなどにして、必要最低限の金銭だけを持っていくといった対策が考えられます。

しかし、そのとき、掲示板やアプリの利用料に加えて、女性に支払うホテル代などを考慮すると、「神待ち」の女性と性行為をするということは、あまりメリットがないというのが実情かもしれません。

ともすると、性行為の交渉の際に、追加で金銭をとられる、ということもあるかもしれません。

おそらく、「神待ち」の女性と交渉する醍醐味、得られる「わずかなもの」というのは、対象の女性が「素人の女性」であるということに尽きるでしょう。

あるいは、「自分は困っている女性を支援して助けている」というような「善行を施した気分」も、「神待ち」女性と一夜を過ごし、身体を重ね合わせるときのちょっとしたスパイスになるかもしれません。

様々なリスクをおかし、もしかしたら損をするだけの結果に終わるのかもしれないが、それでも「素人の女性」を支援してセックスがしたいというこだわりを強く持つタイプにとっては、「神待ち」はまさに穴場というか、おあつらえむきの狩場ということになるわけです。

もし、「素人女性との性交」というものに強いこだわりがないのであれば、風俗のほうが、ローリスクで手っ取り早く、経済的に女性との性行為を楽しめる環境であることは言うまでもありません。

とはいえ、「神待ち」の女性と、支援する男性というのは、相互に需要と供給を満たす関係である、ということも確かではあるし、その相互の特殊な関係性を楽しむことが、「神待ち」の女性と関わるときの最大のポイントになってくるのかもしれません。

「神待ち」と性病感染

「神待ち」と性病感染

「神待ち」の女性と一夜を過ごすことのリスクは、まだまだありますが、そのうちの一つとして、「性病感染」のリスクがあげられるでしょう。

一夜をやり過ごすために身体を差し出してきたわけですから、「神待ち」の女性というのは、性病に感染している可能性が非常に高いということがあります。

風俗嬢の女性であれば、店舗に迷惑をかけることへの配慮だとか、売上に影響することを考えて、性病の検査を行うこともありますが、「神待ち」の女性には、そのような検査を行う理由も経済的な余裕もまったくありません。

性病の検査をしている風俗嬢との性行為でさえも性病感染のリスクは頑然として存在すると言わざるをえないのですから、いつ、どこで、誰と性行為をしてきたのかわからない「神待ち」の女性との性行為はさらに輪をかけて危険であると断言してよいでしょう。

性病というものにも、様々な種類がありますが、「神待ち」の女性と関わるにあたっては、つねに、最悪の症状が発生する性病に感染するという事態を想定して動くに越したことはありません。

「神待ち」の女性を泊めることに成功したというときに、貧乏根性から、どうしても性行為をしたいという気持ちになるのは仕方のないことですが、「神待ち」の女性と関わる上では、実は性行為というのは極力避けなければならない選択肢であるようにも思われます。

では、「神待ち」の女性を泊めて何ができるのか、というと、これは基本に立ち返って、宿泊場所と、食料と金銭を提供する、ということに尽きると思いますし、これなら、取り返しのつかない性病に感染する危険もまったくありません。

性行為ができないことに不満を感じるかもしれませんが、女性とイチャイチャしたり、会話をしたり、夕食を一緒に食べたり、性病感染リスクのないボディタッチ中心のプレイをしたり、添い寝をしたりするだけでも、なかなか楽しいものです。

「神待ち」の女性と関わるのに向いているタイプというのは、「挿入をするセックス」や「射精」というものにあまり興味がないタイプになるのかもしれません。

対価として「性」や「肉体」を差し出されたときに、性病感染のリスクのある性行為を拒否し、性行為以外の「女性との時間」というものをいかに楽しめるか、という能力と適正を持つことが、実は、「神待ち」の女性と関わりを持つ上で最も重要になってくるのかもしれません。

それでも「神待ち」の女性を狙うなら

「神待ち」にまつわる様々な実態や、「神待ち」の女性と関わるときのリスクなどを執拗に書いてきましたが、これらのことを踏まえた上で、「それでも自分は神待ちの女性を狙いたいのだ」というたくましい意志がまだ残っているのであれば、もはや、「神待ち」の女性をオススメすることしかできませんし、応援したいような気持ちにもなります。

というわけで、最後に、「それでも」という気持ちで「神待ち」の女性を狙う男性のために、少しばかり、「実態」と照らし合わせた上での出会いのテクニックを記述することにします。

それでも「神待ち」の女性を狙うなら

「神待ち」の女性を狙うにあたって、なるべく持っておきたいのは「車」です。

「神待ち」の女性と出会う確率をあげるためには、自分の「機動性」を高めることと、「行動範囲」を広めることが必須となってきます。

「神待ち」というのは、地域性に大きく左右される側面を持っています。

掲示板などをくまなく読み込めば段々と見えてくることなのですが、「神待ち」の女性が集まりやすい街というのがある一方で、「神待ち」の女性がまったく存在しない街というのもありますから、まずは、「神待ち」の女性の生息区域を把握しておくことが、「神待ち」の女性と出会うための最初の一歩ということになるでしょう。

「神待ち」の女性が多く集まるスポットを複数は把握しておいて、いつでも、その「神待ち」のスポットにかけつけられるように準備しておくことで、出会いの確率は一気に上昇します。

マイナス面やデメリットばかりを書き連ねてきましたが、それでも「神待ち」を狙う男性というのはまだまだ非常に多いわけで、「神待ち」を狙う、ということは、百戦錬磨の「神」、熟練の「泊め男」たちの狩場という「競争社会」に参入することだ、ということを知りましょう。

そのときに、他の「神」や「泊め男」たちにいかに差をつけるかが、「神待ち」の女性とのアポを成功させるコツです。

近年、「神待ち」の女性たちの「眼」は、男性が「神」であるかどうかを見分ける能力が非常に肥えてきています。

これも、「神待ち」にまつわる「実態」の一つといっていいでしょう。

「神待ち」の女性同士のネットワークというものもあり、「神」や「泊め男」の情報は、それらのネットワークの中で共有されることもあります。

ですから、「神」や「泊め男」としての評判が悪くなったり、「こいつはカモだな」などと都合よく思われたらかなり分が悪いということを知りましょう。

「神待ち」にまつわるすべてのことがリスクと隣合わせというわけではありません。

そこには、当然、「神待ち」という環境の中でしか体験できないようなことも多くあるでしょう。

「神待ち」の女性、そして、「神」になろうとする「泊め男」たちが、一人でも良い思いができるように、と、幸運を祈るような気持ちがあるのも確かです。

「神待ち」の「実態」を知った上で、多くの人が、よりよい「神待ち」ライフを送られんことを、とただただ願うばかりです。